前回のブログで紹介した
大往生したけりゃ医療とかかわるな
「自然死」のすすめ
という本に書かれていたものです。
日本人はとくに「死」について触れたがりません。
本来、だれであっても避けて通れないものであるにも関わらず、
マイナスイメージばかりで目を向けようとしない。
本来は「生死一如」で表裏一体であるはずなのに。
老いや病を受け入れると同時に、その先に待っている「死」
その準備しておくべき事柄についていろいろと書かれています。
大往生したけりゃ医療とかかわるな
「自然死」のすすめ
という本を読みました。
今年の1月に発行され、すでに40万部以上売り上げています。
著者は特別養護老人ホーム常勤の配置医師であり、多くの人の死を実際に看取ってこられてお感じになった言葉には真実と重みがあります。
目次をいくつか抜粋してみました。
* * *
●第一章
医療が“穏やかな死”を邪魔している
・医者に対する思い込み
・本人に治せないものを他人である医者に治せるはずがない
・「自然死」の年寄りはごくわずか
・介護の“拷問”を受けないと、死なせてもらえない
●第二章
「できるだけの手を尽くす」は「できるだけ苦しめる」
・極限状態では痛みを感じない
・食べないから死ぬのではない、
「死に時」が来たから食べないのだ
・“年のせい”と割りきったほうが楽
●第三章
がんは完全放置すれば痛まない
・死ぬのはがんに限る
・「早期発見の不幸」「手遅れの幸せ」
・「がん」で死ぬんじゃないよ、「がんの治療」で死ぬんだよ
・最期を医者にすがるのは考えもの
●第四章
自分の死について考えると生き方が変わる
・「生前葬」を人生の節目の「生き直し」の儀式に
・「死」を考えることは生き方のチェック
・「延命」の受け取り方は人によって違う
・「死」を考えることは生き方のチェック
●第五章
「健康」には振り回されず、「死」には妙にあらがわず、
医療は限定利用を心がける
・生きものは繁殖を終えれば死ぬ
・医者にとって年寄りは大事な「飯の種」
・生活習慣病は治らない
・年寄りはどこか具合の悪いのが正常
・年寄りに「過度の安静」はご法度
・人は生きてきたように死ぬ
* * *
自分の場合であれば、動けなくなって自分の身の回りのことができなくなり口から物が食べれなくなれば、もうこのまま静かに死なせてほしいと思いますが、これが家族であればちょっと複雑な心境になってしまうんでしょうね。
でも「看取る」という言葉は、死に際でただ何もせず見とることが、本当の看取りになるとも書かれていました。
病院に行くな、医者にかかるなと思ってるわけではありませんが、常日頃から自分が考えているようなことが、そっくりそのまま書かれている気がしました。
医療の限界、人間の限界を理解し、自分なりの死生観を持っていれば不幸な最期を迎えることはないのでしょう。
医者という職業は、人類の誕生から病を治し心を癒やしてきた選ばれた人たちであり、たくさんの勉強をして医者になり、激務と重い責任と多くのストレスを背負っておられます。
本来もっと尊敬され愛されて然るべきものなんだと思う。
こういった本が出版されて、それに多くの人が共感を得る現象が起こるということは、今の医療には何らかの歪みが生じているということの裏付けなのでしょう。
現代は医師にも患者にとっても辛抱の時代なのかもしれません。
※ 関連
『やがておとずれる選択』
『あたりまえのこと』
『加齢だから』
『生と死と笑い』
5年前に購入した『MBT』
お気に入りで、ウォーキング用に使用していたのですが、
とうとうその寿命を全うし、廃棄することに。。。
ソールの減りは何度か自分で補修していたのですが、
この靴の最大の特長である「マサイセンサー」の劣化に加え、
ミッドソールまでもが亀裂が入った状態となってしまいました。
ショップに持って行ってはみたものの、
「これはもうダメですね、修理は無理です。
もう履けない、いや履かないでください!」
と言われてしまい、廃棄処分となりました。
まあ予想はしていたので、新しい「MBT」を購入!
新型は旧作よりもさらに不安定度が増した感じ。
以前は前後のロールが強く感じられていましたが、
新しいものはそれに加えて左右のアンバランスさも加えられ、
まるで球体の上に乗っているような感覚でしょうか。
今回も取扱説明書にウォーキング説明用DVDが付属してあり、
「たかが靴」とは一線を画すメーカーの意図が感じられます。
あー、でもこのマサイセンサーの反発感は懐かしい。
前の靴は踏み込んでも押し返しが無くなってましたから。
そして職場に歩いて通勤用に、新しくバッグも購入。
以前の「mont-bell」のバッグ
荷物の出し入れなどの使い勝手は良かったのですが、
旅行用バッグ寄りのためウエストのホールドが無く、
背負って長時間歩くには肩に負担がかかり不向きでした。
新しい「MILLET」のバッグ
こちらは完全山使用で、背中にしっかりとホールド。
歩いていても不規則に揺れることなく、一体感が最高!
さー、山の木々も新緑が眩くなってきたことだし、
ガシガシ歩いてこの季節を満喫しましょう!
今年は桜の開花が大幅に遅れたり、
雨の多い天候や所用などで、結局お花見はせず仕舞い。
近所の佐保川の桜並木をブラっと眺めて終わりました。
自転車通勤でもよく通るこの道なのですが、
ゆっくり川べりを歩くと橋のたもとに妙な石の彫刻を発見。
牡蠣をたらふく食べた後、次どこかで軽く飲もうかとなったが、
阿倍野界隈ってのはどこにどんな店があるのかさっぱり。。。
そこで街角に立ってる呼び込みのお兄さんの中の1人に声をかけ、
「この辺りでボックスで落ち着いて飲める店知らない?」
と尋ねてみた。
すると呼び込みのお兄さんは
「ボックス席で落ち着いてっスかぁ~」
と、しばし思案してから、
「あ!、ありますよ、1軒!」
「でもタトゥーバーなんですけど…」
「…た、タトゥーバー?」
って言われてもイメージがわかない。
「行ったらタトゥー彫られるとかちゃうのん!?」
と、探り入れる感じで返してみたが、
「いやいや、そんなことないっスよ~」
と軽く返され、すぐにお店の前まで案内してくれた。
でもまぁせっかく教えてもらったことだし、
変わった雰囲気で飲むのもたまには面白いかも。
と、お兄さんに教えてもらった店に行ってみることに。
ずいぶん夜明けも早くなってきました。
お水とりも終わり、いつもの静寂が戻った二月堂。
先週くらいだとは6時前は真っ暗闇でしたが、
もうこんなに明るくなっています。
久しぶりに掲げられた標語を紹介します。
今回はちと難しい…
『如蓮華不著水、心清浄超於彼』
「あたかも蓮華の花が泥水に汚されないよう浄らかであり、
心も浄らかであるなら、おのずから真理を知る」
横の説明を読んでもなんのこっちゃって感じですが、
おそらく、
泥の中から芽を出す蓮華であるが、その花びらには全く泥が付着していない。
汚泥は煩悩のことを表し、その煩悩にまみれて生まれた存在でありながら清らかな心を持っていること。そして汚泥(煩悩)のことを自覚してこそ本当の清浄な心を得、真理を知ることができる。
というような意味なのでしょうか。
ちょっと違うかもしれませんが、「清濁併せ呑む」という言葉も、
善だけに目を向けるのではなく、悪い部分もしっかりと見据えることによって本当のこと真理を知ることができるのでしょう。
リフレクソロジーという健康に関わる仕事をしていても、たまにはモツ鍋食ってハシゴ酒でシモネタを喋ってハメを外すことも必要なんだということで理解しておきます。
春分も過ぎ、今日は春を感じる暖かい日でした。
佐保川の河津桜も五分咲きくらいでしょうか。
こういう日は心も浮かれるのか「花でも買うか!」
と、朝から近くの花屋さんに行き、花を買ってみた。
贈答用のアレンジメントを注文したりはするんだけど、
花屋に行き、自分で一輪ずつ花を選んで買うってのは初めて。
店員さんもちょっと怪訝そうな顔をして、
「ご、ご自宅用ですか?」と…
ヒゲ面のゴツいおっさんが一人で店に来て、
選んだ花を抱えて店内をウロウロしてる姿、
そりゃあ不審に思われても仕方ないか。。。
で、活けてみると、
初めてのわりにはなかなかセンスいいんじゃない。
材料費が1,800円ぽっちには見えないよねぇ。
先日の池坊由紀さんには遠く及ばないけど、
もしかしたらこっちの才能あるんじゃないか~!
いっそフラワーアレンジメント教室でも通おうか♪
なんて思ってしまった。
しかし、
以前はヘルメットに安全靴で現場を走り回ってたのが、
まさかこんなことをするなんて考えもしなかった。
それから調子に乗って
壁にも
テーブルにも
本棚にも
こういう行動をさせるのも春のせいなのかねぇ。
日本フットケア学会・学術集会の第10回大会に行ってきました。
2007年の第5回神戸大会に参加して以来となり、今回の第10回大会は3/17、3/18の2日間の日程で大阪での開催となりました。
会場は中之島の大阪国際会議場(グランキューブオーサカ)。
日本で「フットケア」という言葉を聞くと、爪をピカピカに磨いたり、角質を取って足をツルツルにしたりと、どうしてもコスメティックなイメージが定着しています。
が、本来のフットケアの意味は糖尿病などの疾患の合併症による足病変をケアし、患者のADL、QOLを高めることが本来の目的です。
もとは看護師を中心に100名ほどで始められたこの学会。
フットケアの重要性が次第に多くの方に認識され、いまでは1000名を超える各分野の医療者たちが学会員となっている。
多くの製薬会社や医療機器メーカーなども協賛しており、たくさんの展示物やブースも設けられて活気ある集会となっていました。
巻き爪処理の実演会も多くの関心を寄せていたよう。
ゲストにはiPS細胞で有名な京都大学の山中伸弥教授を迎え、再生医療についての特別講演や、池坊いけばなの次期家元となられる池坊由紀さんがおいでになったりと華やかな講座もありました。
居眠りもせず丸二日間みっちりと講座を聴いていたので、お尻が痛くなりましたがとても充実した時間を過ごすことができた。
直接にフットケアに関わっているわけではありませんが、学会に参加して熱心な医療者の方々と共に同じ時を共有するというだけで刺激となり、健康に関わる職種としての意欲が湧いてきます。
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