2017.04.21

手のツボとかけまして・・・

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手のツボのスイッチとかけまして
テレビのリモコンスイッチとときます

そのココロは、

どちらも電源がONでないとつながりません

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手は普段から様々な日常生活に使っていてその度に手に刺激を受けています。

ドライバーやハンマーなど硬い工具を力いっぱい握りしめたり、文字を書くとき料理や掃除でさえ手に刺激を受けていて、また手を怪我するときもあるでしょう。

「もし手と身体とつながっているのなら、そんなときはどうなるの?」

という疑問が浮かぶと思います。

確かに普段から手への刺激は受けていますが、手のツボスイッチからの入力の受け取り先である身体がこれを受け取れる状態でないときは、どれだけ手のツボを刺激しても身体への影響はありません。

テレビのリモコンも、テレビ本体の主電源がOFFのときやコンセントが抜けていては、いくらリモコンスイッチを押してもテレビは反応しませんよね。

だから手のツボ健康法教室では、手のスイッチを押すことと同時に「身体の電源をONにすること」を学んでいきます。

身体の電源ONは、自分の身体への意識・集中、そしてその為に呼吸をうまく使うことです。

ただ、テレビの電源ONのようにキッチリとON・OFFに分かれるわけでなく、昔の電熱線が徐々に赤く温かくなっていくようにゆっくりじわじわとONになっていきます。

最初はなかなかうまくできませんが、誰にでも手と身体を繋ぐケーブルが元々から備わっているので、今まで使っていなかったこのケーブルや身体をONにする装置をメンテナンスすれば、うまく繋がってエネルギーの流れを感じることができます。

このシステムがうまく使えてエネルギーの流れがよくなれば、いろんな恩恵が待っています。

なんとなく調子はよく疲れにくい、食事が美味しい、よく眠れる、などなど、当たり前のことが当たり前になるというか、自然とよりよい方向に心身が調整されていきます。

僕のことをよくご存じの方ならわかると思いますが、ほぼ体調を崩すことなどなく食事・運動・睡眠などに問題なく元気に過ごせています。

50歳を過ぎてもいまだ老眼もなく視力が落ちないのもきっと日々のこのセルフケアのおかげなんだろうなと感じています。

手には宝物がいっぱいあり、せっかくいつも自分の目の前にあるのですから、この手を使って健康で楽に過ごせるようにしましょう!

『手のツボ健康法教室」

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● 2017.04.16 高円山 枝垂桜


※ 手の「ツボ」と表記していますが、厳密にはツボではなくハンドリフレクソロジーの反射区のことを指しています。 一般的にわかりやすい言葉として「ツボ」としています。

2017.04.04

手のツボ健康法教室

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●講座名

『手のツボ健康法教室』

 

●講師

リフレクソロジー ソウルトゥソウル

吉田敏之

 

●日程

20174月より

毎週木曜日 19:0020:30

 

●場所

奈良市大宮町6-7-7 MC新大宮ビル103

リフレクソロジー ソウルトゥソウル

 Google map

 https://goo.gl/maps/mMAAXucURPK2

 

●定員

5 (先着順)

 

●受講料

2000

 

●講座内容

 

【手には体につながるスイッチがある】

 

手のツボからココロとカラダを元気にしよう!

 

足ツボと同じように手の平にもツボのようなポイントがあり、心身を健康に保つために世界各地で古くからから用いられています。

 

ストレス解消や肩こり、腰痛、様々な不定愁訴の改善や病気予防などに効果が期待されます。

 

やり方は簡単、手のひらにある全身の臓器や各器官とつながっているツボを自分で刺激するだけ。

道具も何もつかわず両手さえあればおこなえ、イライラや緊張などをしずめて心を穏やかにし、いつでもどこでも両手さえ空いていれば誰にでも簡単にできる健康増進法です。

 

その他、座る・立つ・歩くなどの身体の使い方や姿勢、正しい呼吸法、抱えているストレスへの対処法などココロとカラダ両方に役立ち、人生を楽によりよく生きる方法を学ぶ教室です。

 

老若男女どなたでも「手」が空いている方は気軽においでください。

 

(動きやすい楽な服装でおいでください。)

 

日程の合わない方については、

個人レッスンもお受けいたします。

 

●申込先

リフレクソロジー ソウルトゥソウル

吉田敏之

*TEL

0742-35-5999

090-9613-0144

*E-mail

soul_to_sole@nifty.com

tocchi-tam@ezweb.ne.jp

 

※詳細などお気軽にお問い合わせください。

メールでのお申込みはこちらからの返信によって確定といたします。

 

※定員5 (先着順)

 

※ 申込締切は当日の昼12時といたします。

メールでの申込は受講日の二日前といたします。

 

※日程が合わない方などは個人レッスンも対応いたします。

 

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2017.03.27

おかげさま

昨日は合氣道の演武大会でした。

この大きなホールを使用すようになったのは第10回大会からなので今回で4回目となります。

年々舞台上で演武をおこなう緊張は薄れてきてはいるものの、やはり思っている六~七割くらいしか動けていません。
余分な力みが入っているせいでしょうね、まだまだです。

大会長や大和郡山市長などのお話で、「おたがいさま・おかげさま」などの話がでていました。

「おかげさまで元気にしております・・・」
なとと挨拶の冒頭に使ったりするが、相手に対してではなく目に見えない誰かや何かに対しての「おかげさま」です。

人は一人で生きていくことはできず、なんらか助け合いながら生きているものです。そういった誰だかわからないけど助けてくださっている不特定多数の人や、自然や神仏に対して感謝をあらわす言葉が「おかげさま」なのでしょうね。

この大会も350名ほどの参加となり、なかなか思うように進行ができなかったりすることもありますが、多くの人が関わって援助してくださり、無事に演武大会を終えることができました。

本当におかげさまでした。

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2017.02.28

春の花たち

今日で今月も終わり。
二月は逃げると言いますが早かったですね。

春っぽく
桃・菜の花・ネコヤナギ・アイリスなど。

勢いはあるけどゴチャゴチャしてる感じ。

いろんな花を選んでしまうというのも、
今の自分の心を顕してるのかもしれません。

欲や執着など気づいてなきゃいけませんね。

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2017.02.24

個展鑑賞

合氣道の道場生である吉田崇悟画伯の個展に行ってきました。

柔らかく繊細でありながら力強い生命力を感じる素晴らしい画です!

2/28の火曜まで上本町近鉄百貨店8階で開催されていますのでぜひ!!(^^)

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2017.02.14

半世紀

1967年2月14日生まれの自分、
今日で50歳となりました。

子供の頃に思い描いていた落ちついた50歳のイメージとは程遠いほどにチャランポランな人生を歩んでいますが、年齢というのは本人のイメージなど一切関係なしに確実にやってくるものです。

なにひとつコレという達成できているものはありませんが、健康だけは現在進行形で維持できていることがなによりの感謝です。

丈夫な体に産み育ててくださった親に感謝です。

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2017.01.07

恒例行事

今回で3度目となる三松禪寺での『徹宵坐禅』

大晦日の22時開始で、朝方まで40~50分の坐禅を5回おこなうもの。
普段では精神的にも体力的にもまず無理な荒行で、新たな年を迎えるにあたり精神が充実したこのときにしかできないものです。

ちょっと寝不足気味で臨んだ為に2時頃からはかなり厳しくて心が折れかけましたが、なんとか完遂いたしました。

さすがにこれだけ坐ると煩悩も出尽くす感じで、最後は無に近い状態に。。。

と言いたいところですが、最後まで「眠たい・・・足が痛い・・・寒い・・・まだかな・・・・」と情けない想いが頭の中をグルグル。。。

でも達成感は素晴らしく、清々しい新年を迎えることができました。

本年も何卒よろしくお願いいたします。

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2016.12.28

無事カエル

先日、いつも合宿をさせていただいている禅寺に少しお手伝いに伺った際に、ご老師様から書画の短冊をいただきました。

最初はなんて書いてあるか文字が読めなっかたので知人たちに尋ねたところ、「無事」と書かれているのではないか、そして意味は描かれた蛙の画と合わせて『無事 帰る』と解釈するのではという意見でした。

でも同じこの短冊をいただいた方から、『事無く 自分に還る』という意味に解釈したと聞き、「なるほど!」と思いました。

事無くとは、煩悩や妄想にとらわれない「無心」でいること、帰るではなく還るとは、「自分自身であれ」とこの短冊が意味しているのではないか。

思えばついつい自分を離れ、あーでもないこーでもないと外のものに振り回されていたように思います。
この蛙さんの画も坐禅のようにどっしりと坐ってますよね。

この一年を振り返り、反省してまた来年の糧としなければ。

今年は12月30日を仕事納めとし、仕事始めは1月5日の予定です。
また来年もよろしくお願いいたします。

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2016.12.05

第21回 日本心療内科学会

12月3日、4日と奈良公園内にある春日野国際フォーラム甍(いらか)で開催された「日本心療内科学会 学術大会」に知人に招待していただき参加してきました。

会場が家から徒歩15分の朝の散歩コースということもあり、これはぜひぜひ行かなきゃと二日間しっかり勉強してきました。

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そもそも心療内科とは?
僕もあまりよく知らなかったのですが、内科と精神科の中間くらいの位置づけになるのでしょうか?
もっと広範囲なのかもしれません。

「心と体の両面から治療する、それが心療内科です」
日本心療内科学会HPより

参加させていただいた演題は



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2016.10.12

露 堂々

今回で四度目となる専門僧堂でのマインドフルネス合宿、複数回参加していますが、毎回なにか違った新しい気づきを得ることができます。

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マインドフルネス道のハンド瞑想のレクチャーをおこなったり、坐禅堂でのハンド瞑想などはまた新たに様々な発見が得られました。

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『露 堂々』(ろ  どうどう)

この禅語は、すべての存在が明らかに、すべての物事がはっきりと現われ出ているさまで、そのままの姿のすべてが真理の現われであり、仏の表れであるという意味である。
仏法とは必ずしも神秘的で深遠高尚なものではない。

いくら虚勢を張ってみても、見る人が見れば隠しようもない自分が露となっているものです。

人生においても、肩肘はらずに、何事にも執着せず、気取らず、誤魔化さず、自然にありのままに、そして堂々と生きていきたいものです。

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2016.09.16

仏心如満月

今年も仲秋の名月に三松禪寺でおこなわれた「観月会」にお邪魔してまいりました。
坐禅を1時間ほどしたあとに、琴の音色を聴きながらお抹茶をいただきます。
大勢のお客様がお越しで、一度に全員は座ることができず、何度かに分かれて頂きました。

掛け軸は昨年と同じく「仏心如満月」

これには上の句があるらしく、
「凡夫の心は合蓮華の如く、仏心は満月の如し」
で、一つの意味となる。

『迷い苦しむ人の心を、蕾(つぼみ)のふくらみをもった蓮の花に例え、蕾はやがてまばゆい花を開かせる。人の心は日々の生活で汚されるが、本来、人の心は清浄で、仏性を開顕される可能性を備えているのです。
そうした未完成な私達の心に対し、仏心は欠ける事ない満月 のようである』

雨の心配もありましたが、なんとか雲間から綺麗な満月を拝むことができ、仏心とまではいきませんが、心が少しまぁるくなったかも。(*^.^*)

2015年観月会

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2016.09.06

第5回 eBIM研究会

9月3日・4日と、第5回eBIM研究会でした。

テーマは、
「ナラティブとエビデンスの統合」

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ナラティブという言葉、あまり聞きなれませんが、患者さん個人の病の歴史であったり、生活習慣などその人だけの物語という意味のようです。

エビデンス(科学的根拠)に基づいた医療はもちろん大事なことですが、それにプラスして患者さんの個性や特性などにも目向けていこうということです。

特別講演で京都大学の中山健夫教授は、
「患者の語りが医療を変える」とおしゃっていました。
ただ決めれらた医療をおこなうだけでなく、多様性を大事にして患者が語りやすい医療現場を構築していくことも大切なのでしょう。

シンポジウム『祈りとスピリチュアリティ』では、
キリスト教の祈り、また仏教の瞑想などが演題となっていました。
祈りは目には見えないけれど人間を根底から動かす力であり、人間が持つ生得的生命維持機能であって、生命の危機に直面すると覚醒するものであるとされている。
また、自分の為ではなく誰か他の人の為に祈ることのほうが、痛みや苦しみからの解放されると報告されている。

教育講演『視床下部とオキシトシンと統合医療』でウィスコンシン大学の高橋徳教授は、
ストレス軽減にはたらくホルモン「オキシトシン」は主に妊娠中や授乳期に多く分泌されるが、これは「友情・信頼・愛情・寛容」などの感情がはたらいたときにも分泌が促進されることがわかってきている。他人を思いやる慈悲のこころを多く持ち、いつも笑顔で社交的な人のほうが病気にかかりにくいということです。

その他、

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2016.06.29

出家

「出家」

仏教で僧侶になるために俗世間を捨てて仏の道に生きることが一般的に「出家」とされていますが、僧侶にならなくとも今までの人生の多くを捨て、たとえ世俗のなかでも新しい道に生きることも出家になるらしい。

出家という言葉は仏教用語ですが、世界中のあらゆる国々で出家のようなことがおこなわれています。

出家すると普通は稼ぎが無くなるか悪くなります。
しかし食べていかねばなりません、そこで出家者をサポートしてくれる人達がいて「お布施」をしてくださり出家者が支えられるというシステムがある。

俗世間であっても私欲を捨てて皆の為に生きている人は出家者に該当するということ。
人類や地球全体のために研究している科学者や私欲を捨てて働く政治家なども出家者にあたるようで、大事な研究のためや、市民・国民の為にはたらく人々には税金の中から「お布施」が施されるということです。

我利我利ではなく、自利利他に生きている人は世俗であっても出家者である。

先日の「こころの時代」で、花園大学の佐々木閑教授のお話です。

出家的な人生を歩むこと。

ちょっと自分の生き方や生きる意味について考えさせられました。

2016.06.01

10年

6月1日
今日でサロンOPENから10年が経ちました。

一人で細々と続けてはいますが、多くの方の協力がなければ今日を迎えることはできませんでした。

本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
お世話になった方々ありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。

記念として、オープン時に作成したフット反射区マップと、昨年に新たに作ったハンド反射区マップを額に入れて壁にかけることに。

バンブーの額縁が内装の雰囲気にマッチして、なかなかいい感じかなと気に入ってます。

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2016.05.25

しつこい怒りが消える!

「手のツボを押すだけで
 しつこい怒りが消える!」

という書籍があり、購入しました。

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内容は中国医学の経絡(ツボ)を刺激することによってサインを脳に送り、感情をコントロールするというもの。

ツボと反射区は全く異なるものなのですが、手にも知らなかったツボがたくさん存在して様々な作用があるということを発見し、いまおこなっている「ハンドリフレ セルフケア」の参考にもなると感じました。

刺激箇所や作用は違えど共通点は多々あります。

感情は一時的に消えてもまたすぐに湧き上がってきます。
著者がおっしゃってることは、ただ単に手のツボ刺激するだけではなく、心にイライラや不安感などが浮かんだときに、手のツボを刺激するという行為を通して、「感情を元の平静状態に戻すことを繰り返して脳に覚えこませる」というパイプを作ることが大事なポイントだと言っているようです。

ハンドリフレでも同じことで、反射区刺激だけではなく姿勢と呼吸も合わせて活用し、脱線してしまった感情を「いま・ここ」に戻すということを繰り返して、脳に「手の反射区を押さえてゆっくり呼吸をおこなえば心が楽になるんだ」ということを覚えこませる、そういう神経経路を自分の中に新しく構築することに大事な意味があります。

自分自身で手への刺激をおこなうというのは、まさに「手軽」で両手さえ空いていれば時と場所を選ばず道具も力もいらず短時間でもおこなえ、本来の自己に戻るには一番簡単で良い方法です。

ブクブクと湧き出す泡のようにとめどなく出てくる妄想や煩悩にとらわれることなくよりよい人生をおくるためにも、ぜひハンドリフレの神秘を体験してください。

自分の人生は自分でしか変えることができないのだから。

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