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2006.12.24

感謝のきもち☆

0612241






日頃からお世話になっている
家族、親類、甥っこや姪っ子に、
ささやかですがクリスマスプレゼントです。

暖かい冬を過ごしてください。

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

ミッシェルさんの日記です。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=300245578&owner_id=5766188&comment_count=4

今日本でも人気の
「LOHASな生活」
しかし地球に優しい生き方も
豊かであるからできることなんでしょう。

地球規模で考えたときに、
クリスマスプレゼントなんて贅沢ができるのは、
ほんの一握りの人間です。

アジアやアフリカなど
世界の大多数を占める貧しい国からの

搾取の上にわれわれの
幸せな生活は成り立っています。

自分の行動と言ってる内容が
矛盾しており申し訳ありません・・・

『LOHASはナイルパーチと共存できるか』
0612242








LOHASはナイルパーチと共存できるか
Darwin's Nightmare Newspaperより

勝俣誠
(明治学院大学教授、国際平和研究所所長・アフリカ地域研究)

「放り出された村人」

 1990年代初頭、この映像が撮られたタンザニアを、
大型乗合バスで移動していて忘れられない光景がある。

このバスは、タンザニアと隣国ケニアを結ぶ国際路線バスであった。

この国がめざしていたアフリカ流社会主義が失敗し、
経済の自由化が開始された時期である。

幹線道路に面した村にバスが止まるや、
そこに積まれていた膨大な数の段ボール箱をドライバーは村人を動員してバスのトランクに積み込ませた。子供も老人も参加していた。

私は何かと思って降りて積荷を写真に撮ろうとすると撮るなといわれ、いまだに積荷の中身は何か分からない。

積み終わり、村人に労賃を支払う段階になって、騒動が起きた。
ドライバーの提示価格が低すぎ、村人の初老のリーダー格が抗議しだした。

ドライバーは文句があるなら、バスに乗って話せと、私達のバスは彼を乗せて出発した。

話はまとまりそうもなく、村人代表はますます遠ざかるバスの外を不安げに眺めだした。
ついに彼は折れて降ろしてくれと頼むや、ドライバーはそれみたことかとばかり、
止まって彼を路上に放り出した。

バスはまた目的地に向かい全速力で走り始めた。

この村人は、労賃をぼったくられた上に、
村から遠い道端からおそらく徒歩で戻るはめになったのだ。

私は、バスの窓から見えるどんどん小さくなっていくこの村人の立ち姿が忘れられない。



「公」なるものの秩序崩壊

 そこには、粗暴な力関係はあるが、「公」なるものの秩序は一切ない。

各人は、自分のことで精一杯で、踏み倒す側に踏み倒される側のことを尋ねても、
せいぜい「だからどうなんですか」という答えぐらいしか返ってこない。

 『ダーウィンの悪夢』を見てまず感じたのは、この「強いほうが結局勝つ」
という限りなくリアルで、またやるせなく不公正な時代の現場見取り図である。

 そこには、冷戦が終わってこれからは、フリー・マーケットとデモクラシーで
世界全体がよくなるといった90年代初頭のしあわせなグローバリゼーション
のシナリオはひとかけらも見出せない。

フリー・マーケットの全開は
「南」の貧しい地域の産物がひたすら豊かな「北」へとむかうことを可能にした。
「北」による「南」へのデモクラシー移植にしても、米国のイラク侵攻のごとく、
武力で押し付ければ泥沼化への入り口となる。

そもそもデモクラシーを語りながら、
「北」の手にする、口にする膨大な富、食料資源の地球規模の偏在を
民主化しようとする声は「北」からほとんど聞かれない。



そして十字架だけが残った


 アフリカでは誰でも知っているヨーロッパによる植民地支配感がある。
「白人が来る前、アフリカには十字架はなかったが、富はあった。
しかし、白人が来ると、富がなくなって、十字架だけが残った」。

これを21世紀版にすれば、
「冷戦後のグローバリゼーションで、国際通貨基金と世界銀行(本社はいずれもワシントン)は、"アフリカで市場を自由化し、政府を小さくすれば富が急増し、人々が豊かになる"と約束した。

しかし、20年たって、富は一層この大陸で見つけられたが、ほとんどは「北」へ運び出され、残ったのは借金と公共サービス(教育、保険、警察、道路など)の崩壊で、増えたのはストリートチルドレン、HIVエイズ感染者、民間警備会社、カラシニコフ(旧ソ連製小銃)だった」ということになる。

 この「公」の崩壊をどう見たらいいのか? 

この誰もが自分で精一杯で、誰もが他者を利用することは考えるが、他者とともに助け合い、責任を持つことのない社会の拡散と「北」の私達はどう向き合ったらいいのか?



地球は2つある


 もちろんこの映画は何をすべきかについて、何も語っていない。

しかし、確かに伝わってくるのは、富裕国の欧米日の社会の中で、ともすると自己完結してしまう
「北」の、「北」による「北」のための世界の有様に対する不安である。

地球にやさしいLOHAS(健康と持続可能性に配慮したライフスタイル)は、低脂肪でヘルシーな白身魚として映画で登場するヴィクトリア湖のナイルパーチとどう共存できるだろうか。

この場合、地球が2つあるのかもしれない。

豊かでヘルシーな食生活を可能にする「北」のための地球と、
もっぱらヘルシーな消費者になりたい「北」の社会に奉仕するが、
一向に報われることのない貧者の大集団からなる「南」の人々の住む地球である。

世界人口からすれば、前者は2割で、後者は8割である。


 この2つに分裂してしまった地球を一つの地球として共存可能にするシナリオは有るのか。

直ぐには答えは出ない。

ただ確かなことは、この映像が問いかけるように「これがボクたちの生きたい未来なのか」という問いである。

 この国、この村で起きていることは、「南」のどこでも起きているかもしれない。

声なき人々の声に耳を傾けよう。

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