« 1/fのゆらぎとアルファ波 | トップページ | ご先祖さま »

2008.06.14

絶望と再生

昨日の朝日新聞の夕刊で見つけた記事ですが、

   ∞∞∞ ∞∞∞ ∞∞∞ ∞∞∞ ∞∞∞ ∞∞∞ 

目が見えず、耳も聞こえない。
ヘレン・ケラーのような障害のある福島智(さとし)さん(45)が
東京大学で学術博士号をとった。
盲ろう者の「博士」は国内初。世界でもきわめてまれだ。

080613_002





自らの人生の絶望と再生の歩みを分析して。。。

それを論文にし、11日、学位授与式があった。

福島さんは神戸市生まれ。
3歳で右目を、9歳で左目を失明。
さらに、14歳で右耳の聴力を、
18歳ですべての音を奪われた。

人とコミュニケーションできないことに、何よりもうちのめされた。
救ったのが、母令子さん(74)が思いついた「指点字」だった。
点字は六つの点の組み合わせで50音などを表す。
点字のタイプライターは、両手の人さし指、中指、薬指の6本を使って打つ。

令子さんは、同じように息子の6本の指先に打って言葉を伝えた。
この方法を生かした「指点字通訳」で、
福島さんは人とのコミュニケーションを取り戻した。

周囲の支援をえて都立大学で学び、
01年から東大先端科学技術研究センター助教授に。
03年から博士論文にとりくみはじめた。

19歳までの自分を研究対象にした。
幼稚園の絵日記、中高時代の手記、母や自身の日記、
関係者へのインタビューなどから、その「喪失と再生」を浮かび上がらせた。

4歳で右目を摘出。手術室の無影灯の不気味な光と切なさ。
6歳のとき「義眼を出して見せろ」といじめにあう。
全盲で右聴力も失った14歳。
全盲の教師に「目が見えんて、どういうことや」と問われ、

「障害」や人生について問い、考え始めた。

そして18歳で盲ろうに。

無音漆黒の世界にたった一人、孤独と絶望のふちに沈んだ。
盲学校では教師や友人が「指点字」で話しかけてくれたが、
友人がいなくなると集団の中に独りぼっち。
さらに深い孤独と絶望を味わった。
ある日、喫茶店で先輩が第三者の発言を指点字でそのまま
「通訳」し、周囲の様子もラジオの実況のように伝えた。
目の前がパッと開け、この世に戻ってきた気がした。

 論文で最も伝えたかったのは
「コミュニケーションにいのちを救われたということ」。
盲ろうとは「コミュニケーションで大切な
『感覚的情報の文脈』の喪失。

相手の表情や声の調子などの『感覚的情報』がないと、
本当の意図などの『文脈』もわからない。
通訳という支援によってそれを取り戻し、
再生する過程を伝えたかった」という。

080613_001


「生後19カ月で盲ろうになったヘレン・ケラーは
言葉をえて『人間』に成長する『誕生物語』。




だが盲ろう者の多くは、人生の途上で
コミュニケーションを奪われる『喪失』の過程をたどる。
自分自身を切り刻んでありのままを分析し、

障害やコミュニケーションの意味を考えたかった」

作業は膨大だった。
資料はすべて電子データにし、点字ソフトに変換して読んだ。
執筆はパソコンで打ち、点字に変換して確認した。
点字と指点字を使うので、指は目であり耳。
腱鞘炎(けんしょうえん)に苦しんだ。
適応障害と診断され、断続的に休養した時期もある。

福島さんは
「盲ろうは確かにしんどいけれど、自分に言い聞かせてきた
『苦悩には意味がある』ということ、
それは間違っていなかったと
確信しています」と話している。

(以上 『asahi.com』より)

   ∞∞∞ ∞∞∞ ∞∞∞ ∞∞∞ ∞∞∞ ∞∞∞ 

神は幼い福島さんの光を奪っただけではなく、
青年期には音までも奪ってしまった。
果てしなく続く漆黒の闇と、
物音一つ聞こえない静寂。。。

しかし、その代わりに素晴らしい才能をお与えになったようです。
想像もできない不安と孤独、絶望感を乗り越え、
さらに同じ境遇にある人たちに希望を与える存在に。

福島さんは03年にヤンキースの松井秀樹選手らとともに
米タイムズ紙の選んだ「アジアのヒーロー」に選出されました。
まさに障害のある方にとって、またそうでない人にとっても

「真のヒーロー」なのだと思います。

福島さんの言葉で、
「私は盲ろう者になって、その体験から二つのことを学んだように思います。
一つは、人間は一人ぼっちで生きてはいけないことです。
他者とのかかわり、他者とのコミニケーションがなければ、
どのように知識や情報があっても、
あるいは、すばらしいご馳走を食べていても、
生きる上での魂のエネルギーは沸いてこないということです。
そしてもう一つは、どのような困難な状況にあっても、
可能性がゼロにはなるということはないない。
チャレンジし、現状を変革して「行く可能性は必ずある、ということです。」

(平成19年度 福島准教授のスピーチからの記事引用)

福島さんがこの世に伝えようとするメッセージは
「コミュニケーションは空気や水、食べ物と同様で、
 人間に必要とされるもの」
ということ。

現代人はインターネットや携帯電話などが、
おもなコミュニケーションのツールとなっており、
そこには顔の見えない「誰か」が存在しています。
しかし本当の意味でのコミュニケーションと言えるでしょうか。

我々には『五感』というものが備わっています。
相手の表情やしぐさ声のトーン、または肌の質感など、
人間同士のコミュニケーションとは、活字ではなく、
そういったふれあいが大切なのだと思います。

誰からも相手にされない、生きる意味が見いだせないと
自殺をしたり、人を傷つける犯罪をおかしたりなどと、
自暴自棄な行動をとる若者が増加していますが、
それもサイバーな世界が作り出した歪みなのかもしれません。

どんな苦しみにあっても希望を捨てないこと。
あらためて勇気をいただいたような気がしています。
そして福島さんのお母様、
よくぞ諦めずに息子の才能を開花させられましたね、
素晴らしい愛情と途中で諦めない忍耐力、そして勇気。

本当に尊敬いたします。

« 1/fのゆらぎとアルファ波 | トップページ | ご先祖さま »

ニュース」カテゴリの記事

心と体」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 絶望と再生:

« 1/fのゆらぎとアルファ波 | トップページ | ご先祖さま »