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2008.07.21

終わりよければすべてよし

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『終わりよければ すべてよし』という映画を観てきました。

羽田澄子監督作品のドキュメンタリー映画です。
主催は「奈良県ホスピス勉強会」、会場は学園前ホールでした。
300人収容の会場に来場者は280名とほぼ満席だったようです。

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人間にとって絶対に避けられないのが「死」
であり、
いずれその準備段階に入っていく。
そのときに。。。

どのように人生の終焉を迎えるかということを
映画ではさまざまな国や地域での終末期のあり方を紹介している。


現在、人生の最期を迎える場所としては病院が一番多く、
約80%以上の人が病院での死を迎えている。
家で亡くなる人は全体の13%程度。
これが50年前であればこの数字が逆であった。
多くの人が自分の家で亡くなりたいと願っているのに、
数字を見てみると必ずしもその願い通りにはなっていないようです。

これは医療の発展による寿命の伸びに対して、
終末期においての緩和ケアをおこなう施設や
在宅医療ケアのシステムが整っていないことがある。

高齢化社会に突入した現代の終末期において
「死」をどうとらえ対応していくかは大きな課題である。

映画ではオーストラリアやスウェーデンの終末期医療のあり方や、
日本国内でも地域住民と医師がお互いの理解のもと、
協力してその地域の在宅ケアのシステムを作っていたりと、
これからの終末期医療においてのモデルとなるようなケースが
たくさん紹介されています。

特に海外での在宅ケアシステムはすごいですね。
国や自治体がバックアップし、医療機関とが連携をとりあい、
まさに患者が中心となるようなケアがおこなわれています。
こういった福祉先進国、税金はお高いようですが、
そのかわりに老後の保障はバッチリなようです。
また冒頭で、2006年に富山県の射水市民病院で起きた、
医師による「人工呼吸器取り外しの事件」についての
説明と問題提起がありました。

生きる権利と同じように死ぬ権利というものもとても重要であり、
リビング・ウィル(生前の意思)についても考えさせられました。
やがては自分にもおとずれる死、
そしてその前に親のことでこの問題に直面する日がくるでしょう。
自分や家族の「死の準備」というものの必要性を考えさせられました。
以前の関連記事 『生と死と笑い』

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