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2009.01.14

寄り添う大切さ

昨日NHKで放送の『プロフェッショナル仕事の流儀』
“いい人生やった” その一言のために
          
診療所医師・中村伸一

福井県の山村で地域医療を支える一人の医師の話です。

大学の医学部を出た中村伸一医師は
福井県名田庄村(現:おおい町名田庄地区)の診療所に
ただ一人の医師として赴任する。

総合病院での外科医としての道を志していた彼だったが、
以来、この地域の医療を支え続ける医者としての道を選んだ。

地域医療においては一つの専門科だけでなく、
風邪から骨折、脳卒中、または介護のことまで
あらゆる専門知識や治療の能力が求められる。
しかし中村医師は、

内科、外科、整形外科、皮膚科、アレルギー科、
などのあらゆる専門科の知識や治療に通じ、
内視鏡なども駆使して、ときには簡単な外科手術もおこなう。

彼は自らを「名田庄の専門医」と言っている。
そこには患者の全てを診るという医療の原点がある。

中村医師の治療は患者とのふれあいを大切にしている。
ときには冗談もまじえ気持ちを明るくすることから始まる。

そして患者の「病だけを診るのではなく、人として診ていく」
特別に発注した電子カルテ「Dr.Board」には手書きもでき、
患者の病状だけではなく、性格や嗜好、趣味など
その人の人生そのものが記録される。

わざわざ手書きできる電子カルテにした理由として、
「手書きにしておくと、そのときどんな状況だったのか、
急いで書いたときや、または力をこめて書いた文字
その時々にどんな思いで書いたかがわかるから」

と話している。

変形性膝関節症の患者に対する治療方針として、
安静にすることも大事だが、制限するばかりでなく、
患者の趣味であるグランドゴルフは続けてもよいと許可。
「これが患者さんにとっての生命線かもしれない」
と、患者の生きがいを残し、その人の人生そのものを支える。

中村医師はこの地域に赴任して数年の間は
まだ総合病院での外科医の道を捨てていなかった。
外科医としてはこの場所では腕を磨けないからだ。

そんなときにある不調を訴えてた患者が、くも膜下出血
であったことを見抜けず誤診をする大失敗をしてしまった。
「ややこしい訴訟問題となり、自分がダメになるだけでなく、
この地域全体もこれでダメになってしまうだろう。。。」

と中村医師は考えていた。
名田庄に赴任する前は救急医療の多い病院勤務で、
くも膜下出血の症状の判断については自信もあった。
二重のショックで医師を辞めることも考えた。

でも、そんなときに患者家族からかけられた言葉は
「こういうことは誰にでもある。お互い様だ。」と。
この一言で、「この村に残り恩返ししよう」と決めた。

近年、都市部、農村部に限らず医療崩壊が叫ばれ、
患者と医療側は相互不信に陥っている 。
人と人とが助け合う当たり前のつながり。
これは医療だけに限らず社会全体の人間関係が
希薄となってきている傾向にある。

しかしこの地域には人と人が支えあう
「お互い様の文化」が残っている。

中村医師は
「患者は教科書だと言うがそれを越えた先生である。」
と、自分が村の人たちに温かく見守られ、その支えによって
自分が成長していっていることにも気付く。

寝たきりの夫をその妻が介護するという老夫婦、
典型的な老々介護であるが、それも地域医療の基盤が
しっかりしているから可能なことなのだろう。

以前は町の病院に入院していたのだが、
どうしても家に帰りたいという夫の願いから
自宅での療養生活が始まった。

かなりの高齢である夫は、食事を飲み込む力が弱まる
嚥下困難となっていたが、妻が柔らかいご飯に汁をかけ、
飲み込みやすくして食事をさせていた。

しかし誤飲による気管への食物の流入からの肺炎を懸念
していた中村医師は、診療所に診察に訪れた際、念のため
血液検査をおこなったところやはり肺炎の疑いがもたれた。
しかしデイサービスの介護士たちの話では嚥下に問題はないという。

そこで「一度胃に入った食物が逆流して気管に入っているのでは」
と仮定し、検査のため町の病院に入院させることにした。
病院での検査結果では飲み込む力に問題はないという。
しかし逆流による検査は技術的に難しいためなされていなかった。

そして中村医師は諦めずに病院側に、
「逆流が起こっていないか、なんとか検査をやってほしい」
と担当の医師に対して食い下がった。

その結果、やはり一度飲み込んだ食べ物が再び逆流し、
気管へ入り込んでの肺炎との診断結果が出た。

原因が判明したので、食事のときの姿勢を正すことで、
逆流を防止し、肺炎の併発を防ぐことができた。

この逆流からの肺炎という原因の解明は困難だったでしょう。
患者の疾患となっている原因を推察し究明すること、
総合病院ではこういったきめ細かいケアはなかなかできない。

日頃から患者に寄り添った医療をしている中村医師だから
この問題を解決することができたのだろう。

この地域では自宅で最期を迎える人は実に4割にものぼる。
中村医師が行政へはたらきかけ、介護士、保健師などとともに
「行政・医療・福祉」三位一体のシステムを構築したからである。

大病院での医療では難しい手術などもこなすが、
患者とはその瞬間だけの「点」で接するのみ、
でも地域医療ではその人の人生全てに関わっていく。
一緒に寄り添うことで「線」として関わっていく。

地域で一人しかいない医師としてのストレスは?との問いに
「プレッシャーはあるが、自分を頼って足を引きずってでも
遠方から来てくれる。 それにやりがいを感じる。」
と話されていた。

「人生の最期を自分の家で迎える」
この患者たちの思いに中村医師は向き合い続けている。

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患者の疾患や症状だけを見るのではなく、
その人全体を見るということ。
リフレクソロジーでも求められています。
「木を見て森を見ず」と言いますが、
一点にとらわれていると全体が見えなくなります。

特にリフレクソロジーでは特定の疾患に対しての
アプローチというものは原則的におこないません。
足や手を通してその人の全体にはたらきかける
というのが基本の
「ホリスティック医療」です。

この中村先生の患者に対する接し方というのは
まさにホリスティック(全体的)なものであり、
リフレクソロジストとしてもとてもいい勉強になりました。

ギリギリの時間で縛られて流れ作業のように施術する。
これでは本当の癒しにはならないでしょう。

その人の全てを見て寄り添っていくこと。
ゆっくりと時間をかけ、いろいろな話を聞き、
それをリフレクソロジー施術にも活かしていく。
これが心と体の両方を癒す大切なことです。

どんなに医療機器や科学技術が発達しても、
それを使うのは人間であり、また「思い」がなければ
本当の意味での治療とはならないのでしょう。
最終的には
人が個々にもつ「マンパワー」というものが
いかに大切なのかあらためて感ずることができました。

そして「お互い様の文化」
これはいいですね、
最近いろんなところでこれが忘れさられ、
ギスギスした世の中になっている気がします。

「人」という漢字は、寄り添って助け合う
ということを文字の形として表わしています。
人と人とがお互いに助け合って生きていくこと。
医療の分野だけに関わらず、この当たり前のことを
普段から心がけ、温かい世の中にしたいものです。

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