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2012.05.10

事前の準備

前回のブログで紹介した

大往生したけりゃ医療とかかわるな
 「自然死」のすすめ

という本に書かれていたものです。

日本人はとくに「死」について触れたがりません。
本来、だれであっても避けて通れないものであるにも関わらず、
マイナスイメージばかりで目を向けようとしない。
本来は「生死一如」で表裏一体であるはずなのに。

老いや病を受け入れると同時に、その先に待っている「死」
その準備しておくべき事柄についていろいろと書かれています。

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 『自分の死を考えるための具体的な行動十五箇条』

1. 遺影を撮る

2. 遺言をしたためる

3. 別れの手紙、録音・録画を準備する

4. 「余命6カ月」を想定し、したいことの優先順位を書きだす

5. 死に装束を誂える

6. 骨壷を用意する

7. 棺桶を手に入れる(入ってみる)

8. 事前指示書を完成する

9. 献体、臓器提供の手続きをする

10.墓地、霊園を手に入れる

11.戒名をもらう

12.散骨の手続きをする

13.人生の節目に生前葬パーティを行う

14.事あるごとに家族や周囲と「死」について語る

15.物の整理をする

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1.はまぁ必用かな。
2.も大事なことでしょうね。
3.は2に含んでおいてもいいかも。
4.も考えておいたほうがいい、突然死じゃ意味ないけど。
5.は裸じゃなきゃなんでもいいや。
6.もいろいろ種類あるみたい。 ま、なんでもいいです。
7.著者は経験されてるみたいです。 これも必要ないかな。
8.事前指示書は別に書きますが、大事なことだと思います。
9.臓器提供はしません、献体もたぶんしない。
10.これはすでにあるので心配ない。
11.仏教ではないのでいらない。
12.散骨もたぶんしないけど興味はあります 鳥葬とかもw
13.人生の節目ってところがまだ現実味がないなあ。
14.これはとっても大事、親とは話すが兄弟ともしとかないと。
15.これも大事、整理する家族の苦労を減らしておかなきゃ。

  ○●○  ○●○  ○●○  ○●○  ○●○   

最近は治療行為の中止などで裁判沙汰になったりなど、
本人の意思表示の有無が問題となっています。
意識がはっきりしている状態であれば意思表示が可能ですが、
そうでない場合、本人も家族も望まない医療行為がなされ、
いったんしてしまうと中止できない事態に陥ってしまいます。
寝たきりの植物状態が何年にもわたって続くこととなれば、
本人や家族にとっても不幸を感じる人は少なくないでしょう。

認知症や、事故で意識が無くなってしまった場合のとき、
希望することを予め指示しておくことを著者は提唱しています。

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 『事前指示書1』

 「医療死」よりも「自然死」が好みのため、意識不明や正常な判断が失われた場合、次のことを希望する

一. 出来る限り救急車は呼ばないこと

一. 脳の実質に損傷ありと予想される場合は、開頭手術は辞退すること

一. 原因のいかんを問わず一度心臓が停止すれば蘇生術は施さないこと

一. 人工透析はしないこと

一. 経口摂取が不能になれば寿命が尽きたと考え、経管栄養、中心静脈栄養、末梢静脈輸液は行わないこと

一. 不幸にも人工呼吸器が装着された場合、改善の見込みがなければその時点で取り外して差し支えないこと

 『事前指示書2』

 死後についても次を希望する

一. 使い古しの臓器は提供しない

一. 葬儀式は簡素に家族だけで、遠方の者には連絡せずとも良し、葬儀会館使用も可

一. 読経、死後戒名は不要

一. 告別式不要、供花、香典は辞退すること

一. 死体処理は完全に灰にするか、凍結乾燥粉砕で肥料にせよ

一. 年忌法要、墓石詣りは不要

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心肺停止から蘇生されて、元気に過ごされてる方、人工透析をおこないながらも人生を楽しんでおられる方も世の中にはたくさんおられます。口から食べれなくなり、胃ろうを施して元気になられた方もおられます。

臓器提供者を心待ちにしてる病気の方も多くおられるでしょう。

著者は70歳以上の、しかも自力での意思表示が困難である場合を想定して、この指示書を書いておられます。

でも40代の自分もほぼこれに近い考えですね。

これをどうとらえどう思われるかは個人の自由だと思います。

ただ、死んでから後にお世話してくださる方に、
 「あのジジイくたばってからも迷惑かけやがって!」
と言われるよりも、
 「あのじいさんはちゃんと整理してくれてたから助かった」
と言われたほうがいいですね。
むろん、迷惑をかけ疎まれながら、意識もないままで生き長らえるのは、まっぴらごめんだと思っています。

『自然死』について

著者は「断食往生」ができないか考えておられる。

一、五穀断ち 7日間
二、十穀断ち 7日間
三、木食 7日間(木食は木の実だけを食べること)
四、水断ち 7日間

「死に時」を自らで察知しておこなえるよう、体内サインに敏感になれるトレーニングをされてるとか。

ま、飛び降りたり、薬を飲んだりするわけではないけれど、これが自殺になるかどうかは微妙なところ。

苦痛は伴わないけれど、大変な精神力が必用でしょうね。

「死」を考えるも自由、考えないも自由ですが、
どちらにしても楽しく充実した人生をおくりたいですね。

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コメント

事前指示書や正式な遺言なんかあっても、
病院に居たら効力を発揮しないのが今の現場。
完全に無効、無力な紙切れです。

でも、唯一この指示を遂行する方法があります。

それは、、、
患者をいますぐ自宅に連れて帰るということ。

ほぼ全家族に、危篤時この話を勧めてますが、
過去にこれに応じた家族は皆無です。
これが実際の現場の状況ですわ。

在宅でのお看取りは拒否、でも延命は希望しません。
「じゃ、どうせぃっちゅの???」

毎週のようにこの矛盾に葛藤しています。
合法化を切に願うばかり。

今の、笑いながら増税を口にした、
歴史上唯一の厚生労働の嫌煙豚ばばぁを下ろして
この著者を厚生労働大臣にして欲しい。

わりとマジで。。。

>まぁさん

ですよね、
病院は病を手を尽くして治療する場所。
そんな患者側の都合だけに合わせていられない、
ましてや法を犯すリスクを背負ってまで。

やっぱり本の題名通り、一切関わらないこと。
大往生したいならそんくらいの覚悟が必要なんでしょう。

あの大臣の発言、根にもってますねぇwww

もうね、119番した時点で関わりの開始なのさ
だから嫁にはいつも、

「自分が倒れても何があっても、
 救急車は呼ばずに寝室にそっと寝かせろ」

と申し伝えてるんだけど、
いざ死んだ時は医者を呼ばざるを得ないわけで、

「それって、押尾学みたいな罪にはならない?」

と言われ、確かに・・・と納得してしまった。
倒れて寝室に寝かせた時点で、一度往診に来てもらって
そこで事前指示書を見せて、医者に知らせておくべきか、
そうしたら病院送りにされてしまうのか、
なんだか分からなくなってきた。

とにかく今の大臣じゃダメだわ。
今年も診療報酬も介護報酬も大幅減算。
純利益全部、持っていかれたわ。

病院も施設もこりゃ、廃業ラッシュが来るよ。

>まぁさん

ですね、救急車を呼ぶ時点で医療との関わりになっちゃいますから。

自宅で死ぬと不審死?になっちゃうんだったっけ。
それにしてもホームドクターと普段から関わってないと、何かあっても往診に来てもらう医者がいないし…

まー医療問題は根が深いし複雑だから何から手をつけるべきなのかがわかりませんが、国民も病院や国任せにせずもっといろいろ考えておくべきなんでしょう。

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