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2013.05.30

動きがこころをつくる

ジメジメと蒸し暑い季節になりましたね。

SOUL to SOLEも2006年のオープンからこの6月で7年になります。

なんだかあっという間に過ぎ去った感じなのですが、
大きな変化はなくとも、近頃は内面的な変化を強く感じています。
「腰が座ってきた」という感じでしょうか。
余分な力が抜けてきて小さいことにこだわらなくなってきました。
いろんな意味でずいぶんマイペースに過ごしております。
ま、ついでにこのブログもマイペースになりましたが(笑)

最近行った講習会でお話してくださった春木豊先生の著書
 『動きがこころをつくる』
を読ませていただきました。

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「心は脳にあるのではなく体にある」という考え方で、我々のような多細胞生物もそもそもは単細胞生物から進化を遂げ、その時点では脳などという高等器官は存在せず体だけしかなかったが、考えずともちゃんと「動き、捕食し、生殖」していた。
さまざまな行動において、長い年月を経て記憶された「動き」が先にあり、頭で考えてから行動するというのは後付けのようなものだという考え方。
突然の危険から回避するためにとる反射的な行動以外にも、漢字を思い出すときに空中に指で文字を描いてみたり、武道やスポーツなどの世界でも頭より先に体が動くということが多くあると思います。 まぁこれはかなりの修練が必要でしょうが。

そして動きによって心が影響されることもあるでしょう。
ダーウィンの著書で『人及び動物の表情について』という著書があり、表情のみでなく、姿勢や発声などについても広く述べている。
下等動物では確認できなくとも犬や猿などならばその表情や動きを見て、今がどういう状態であるかがなんとなく把握できるでしょう。
また赤ちゃんは経験や学習がなくとも笑顔の表情をつくることができ、母親の注意をひくために泣くことができます。
これも頭よりも先に動きがあるということなのでしょう。
自分たちも笑顔でいれば気分も良く、不機嫌な顔や、怒り、悲しみの表情で過ごせば、心もなんとなく沈みがちになるものです。
まさに「動きが心を作っている」と考えられます。

体が求めていることを頭で考えて制限するということは、本当のところはどこかに無理があるのではないだろうか、余計なストレスがかかり様々な病や体調不良を引き起こしているのではないかというふうにも思えます。

いやいや、もし体が求めるままにケーキやお菓子を制限もなくお腹いっぱい食べ続ければ病気になるでしょ!と思われがちですが、これは現代社会での話。

食べたいという欲求、自然界の動物たちではそれこそ腹一杯に食べます。
そもそも彼らが食べる目的は生きるためであり、人間のもつ食欲(物欲)とは異なった部分もあるのでしょう。また彼らは年がら年中いつでも食物に恵まれているわけではありません。エサを求めて長い距離を移動したり狩りをしたりと運動も必要です。
それに自然界の食事では化学調味料や添加物なども含まれていないのですから、食べ過ぎて病気になるということもありません。
食事は例えであり、ようは頭で善悪や要不要を判断しながらも、身体の声をよく聞いてなるべく逆らわないようにすることがストレスの軽減にもつながるということです。

以前に読んでブログに書いたこともある
脳卒中になった脳化学者ジル・ボルト・テイラーの著書『奇跡の脳』のなかにも、あれこれ選別して指図する「左脳」ばかりでなく、自由で平和な「右脳」の声をよく聞くようにと書かれていました。

【奇跡の脳 1】
【奇跡の脳 2】
【奇跡の脳 3】

動きの種類について、意識せずおこす反射(レスポデント反応)と、意思的におこす反応(オペラント反応)があり、そして無意識にも意図的にもできる反応(レスペラント反応)があります。
「表情や姿勢、発声、筋肉の緊張と弛緩、呼吸、歩行」などがこのレスペラント反応(反射/意志的反応)に含まれます。
なかでも「呼吸」は心拍や血圧といった生理機能との関係が深く、古くから座禅やヨガなどの瞑想でも大切にされてきました。

現代社会では多くのストレスにさらされることが多く、先に挙げた心拍や血圧、そして血糖値やさまざまなホルモン分泌、脳内物質など心身に大きな影響を与える身体の変化がたくさんあります。
これらが頻繁に起こるとやがては病に結びつく結果となりますが、「呼吸」を意識することで心の鎮静をはかる精神コントロールをおこなう訓練を積めば、ストレスに対処しそれを回避できると考えられます。

「息を吸う吐く」という動きが心を制御するということです。

「身体」という文字は「身」と「体」に分けて考えることができます。
「体」は近代医学で示されているよう物体・物質的な意味が強く、「身」はどこかに置いておかれて関心が薄れているようです。
「身構える」という言葉は体をなにかに備えておくという意味のほかに、単なる体だけではなく心のありようをも示しており、「心構え」にも通じています。
「わが身」や「御身」というときには体ではなく自己や他者を表す言葉となり、「身内」というときには仲間を表し、「身分」となると明らかに社会的な意味を表している。
「身を焦がす」とは心の状態であり、「身に沁みてわかる」とは深い理解のほどを表しており、体の物質観とは違った精神的な意味を含む概念です。

この本に書かれていることは、人の全てをみるという意味のホリスティック(全体論)にも非常に似通ったものがあると感じています。
ホリスティック医学としておこなわれている代替補完医療はこういった意味でもこれからさらに必要とされていくことでしょう。
他に流されることなくリフレクソロジーという療法にだけ特化しておこなってきた自分が7年間続けてこられたこと、必要とされている現状をみても明らかだと自分自身で確信しています。

最後に
日頃からお世話になっている方々や
多くの学びを与えてくださった方々に感謝します。

ありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします。

SOUL to SOLE  吉田敏之

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コメント

NHKスペシャルの再放送で「病の起源」ってやってるよね

糖尿の起源は弥生時代の農耕の始まりで
メンタル系の病の起源は単細胞時代の逃避行動らしい

細胞レベルで起きてる本能を制する事の難しさを
日々痛感しています

アナログの本は全く読まなくなって久しいけど
読了感が無いんだよねぇ、デジタル書籍は
今週末は札幌遠征なので、空き時間に本屋にでも行ってみようかな

>まぁさん

僕も「病に起源」見ました。
以前にもやってましたよね。
なるほどと頷ける内容がたくさんありました。

確かに細胞レベルとなると根が深すぎて手に負えないのかもしれません(笑) でもその本能のままに不快な感覚刺激から自らを遠ざけるようにするのが一番なのかも。
ま、逃げれない場合が多々ありますが(苦笑)

札幌遠征、楽しんできてください!

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