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2014.11.25

坐禅三昧

秋も深まり紅葉も見頃の時期となってきました。

11月23、24日、マインドフルネスの仲間たちと西宮にある臨済宗の専門僧堂での坐禅合宿に一泊二日で参加してきました。

よく勘違いされるのが坐禅=仏教という認識ですが、坐禅は心と体を健全に保つための方法であり、決して宗教色が強いものではありません。

坐禅での瞑想は様々なストレスをうまく受け流し、巷に溢れる多くの情報や頭に浮かぶ思い(マインドトーク)に振り回されない強い自己を作ることができます。
また日常生活が便利になり過ぎた結果、自分の体に対して鈍感になっている現代人にとっては体の声を聴くための方法でもあります。
坐禅は心と体にしっかりと目を向けて健康な心身を健康に保つために古くから伝えられてきたよりよく生きる智慧ともいうべきものです。

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しかし、ただ坐るといっても慣れていない人にとっては至難の業で、真っ直ぐに坐ることや正しく呼吸をおこなうことなどは先に体作りをおこなってからでないと容易ではありません。

坐禅合宿では体の調整(矯正)も含めた内容で「人間らしい体」をきちんと整えることが重要視されていました。
スポーツトレーナーの可児先生の指導のもとで脊椎、骨盤、肋骨、胸骨、肩甲骨など日常生活で意識できていない部分の柔軟性や可動域を広げしっかり坐り正しく呼吸ができるようにするというもの。
「調身・調息・調心」という言葉がありますが、まずは身が一番であり、身が整ってはじめて呼吸がおこなえ、そして心が安定するということです。

合宿中はストレッチをして坐禅して、唯識の勉強をしてまたストレッチ~坐禅の繰り返しでなかなかハードでしたが充実した時間を過ごせました。

また合宿中は禅寺の作法に合わせ朝は3時半起床で4時から雲水さんたちとともに朝課~作務をおこない、食事は持鉢と呼ばれる器に本当に質素な一汁一菜が盛り付けられ作法通りにいただきます。
そして食事の最後に器へお湯が注がれ、人切れのたくあんでご飯の器を洗い、そのお湯を他の器に移し替えながら箸と器を順番に指で洗っていき、最後に器や箸を洗うのに使ったお湯を飲み干します。
いろんな味が混ざって生ぬるいお湯はなんともいえない味がしますが、これもまた何も残さずに全てを有り難くいただくという修行の一つです。

便利になって使い捨てにすることが多い現代では、こういう体験はとても新鮮で心が洗われる思いがします。また物を大事に取り扱うことや食事を残さずいただくことなども、他者への尊敬や配慮、慈悲の心などにも繋がってくるのではないかと感じました。

多くの体調不良には心の問題が関係していることが多くあります。
リフレクソロジーを受けにこられるクライアントさんの様々な不定愁訴の裏側には必ずといっていいほど精神的問題が隠れています。
お薬に頼らなくてもいいように、大きな病に罹るその前に、自己解決に導ける方法を今後はお伝えしていければと思っています。

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