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2015.01.20

論語

この歳になっていまさら...なのですが、ずっと以前から思っていた『論語』を読んでみることに。

解りやすい入門書で、貝塚茂樹先生の註釈付きのわりと硬派な本と、齋藤孝先生の現代語訳の少し柔らかい本とを購入。

『論語』は2500年前の古代中国で孔子とその弟子たちによる「物の考え方」を示した言葉をまとめた本。
人類の書籍としてはキリスト教の「聖書」イスラム教の「コーラン」に次いで多くの人に読み継がれている本です。
日本へは1500年前に伝わり、日本人の精神的支柱として重用され、つい150年前までの江戸期では幼少の頃から武家の嗜みとして教えられていた512の短文で構成された本です。

  「四十にして惑わず、五十にして天命を知る...」

かどうかはわかりませんが、なんとか自分なりに理解して読み下したい。
というのが今年の目標です。(^^;

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コメント

人生で40代が一番迷走してる感じがするなぁ

まー無理な事は無理、NOと言えるようになったのは
惑わずとも違う、諦めの思考だよね

天命って何なんだろうなぁ
50前後の人々がボロボロと亡くなって行くのをみて
「そろそろ何があってもおかしくないな」と、
いろいろ墓の見積もりやら、移骨の手順やら、
ネットで調べて、有事に備えつつあるけど、
これが天命を知るって意味なのかなぁ?

国語は小4の模試問題でも悩むレベルなんで、
全くわからんけど、惑いまくりの日々ですわ

なんか分かったら、幼児に教えるように教えてねw

>まぁさん

いやNOと言えるのはきっと迷いがなくなっているんだと思いますよ。
「五十にして天命を知る」は自分の生涯における使命を見極めるという意味らしいのですが、果たしてあと2年でそんな境地になれることやら。。。
「七十にして心の欲するところに従いて矩を踰えず」とあるのですが、七十歳になれば自分の思うままにふるまっても道徳の規範から外れることはない。とほとんど悟りの境地。まず無理ですね(^^;

ご教示ありがとうございます。
天命ってのは、そういう意味だったんですね。

そんじゃ、梗塞発見マシーンになっている今が、
その天命ってやつなのかもしれないなぁ。
確かにもう、今後大きく仕事や生き方を変える事は、
どうやら無さそうだしね。

まー、前職の時にも、「これが天職」とか言ってたから、
先の事は自分でも分からないんだけどねw

>まぁさん

そう、人生なんてわかんないもんですよ。
自分もこの先また変転していくかもしれんし、死ぬ間際になっても「俺の人生は何だったの?」って思ってるかもしれないしね。w
とにかく目の前のことを一生懸命にやっていくだけです!

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