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2015.10.15

秋の別れ

昨日、友人の通夜に参列してきました。ちょうど一回り年上の60歳、早すぎる死です。

通夜の後でご住職の話がありました。

「ここに集まっている方々は生前に故人と何らかの関係を持たれた人だと思います。今はもう話すことはできないけれど、話せなくとも皆に伝えることができます。
それは自らの「死」によって身をもって伝えているのです。
生きとし生けるもの全てはいずれ死を迎えます。そしてそれはいつ来るかわかりません。だからこそ日々を精一杯に生きるということが大事なのです。
今日、故人は口が聞けないけれど、「自分の死」を言葉の代わりに伝える為に皆をここに集めたのです。」

と、いうような内容のことをおっしゃっていました。
現在67歳のご住職は7年前の60歳のとき、その年に四人の同級生を亡くされたらしく、その時の記憶が蘇りなにか感ずるものがあったのでしょう。

人が生きているということは、また別の人に何かしらの影響を与え、また自分もなんらかの影響を受けているものです。独りだけで生きていくことは不可能で、必ず誰かと関わり、繋がりあっているはず。
その時は分からなかったり感じることができなかったとしても、他人の言葉や行動が後々になって自分の歩む途の指針となることがあります。またその逆も然りで、自分の言動が誰かに影響を与えることもあるでしょう。いま蒔いた種が何年後かに芽吹き花を咲かせることがあるかもしれません。
いずれ人には死が訪れますが、10年後か30年後か、それとも明日なのか、それは誰にも分からないし決めることができません。だからこそ「今この瞬間」を意味を持って生きることが大切なのでしょう。

ここ2~3年、マインドフルネスの学びとその普及に熱心に活動しておられた故人とは、東京の学会にも一緒に行ったり、お互いを鼓舞する為にSkypeで他の友人も交えて定期的にプチ勉強会をしていました。
今さらながら彼の様々な言葉が頭を過ります。

おそらく故人のことを直接は知らないであろう住職が、まさに「今この瞬間」を生きていた彼にピッタリの話をなさったことが偶然とは思えない気がしています。
もしかすると住職の言葉を借りて皆に最後の言葉を伝えておられたのかもしれません。

写真は8月にお見舞いに伺った際に一緒に見たダブルの虹です。

お疲れ様でした。
安らかにお休みください。

合掌

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コメント

住職の話、心に沁みますね。

先月、卒後初の同期会がありました。
25年間に亡くなった2名の同期に捧げる黙祷で始まりました。

次は10年後の還暦に行う予定ですが、全員参加は難しいでしょう。毎日のように50代の患者が搬入されてますからね。

お互い元気なうちに、飲まんとならんね、急いで。

>まぁさん

故人は2年前に胃がんの手術をされたのですが、それからは時間が限られていることを悟っておられたようで、本当に貪欲というくらいに仕事に没頭しておられました。
自分には時間があると勝手に思っているだけで、本当は残された時間は短いのかもしれませんね。

はい、ゼヒ飲みましょう!

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